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いつも心にデカダンを。

【旅日記】アウシュヴィッツのこと・④

(企画・戦争をめぐる映画/旅 第一部 アウシュヴィッツ、カティンの森、そしてヒロシマ― ⑥)

アウシュヴィッツのこと・③から続く

結局、日が暮れ切るまでにはクラクフに戻ることができた。ホステルに戻って少し休み、中央広場の観光客向けのレストランへ向かう。通りにはもう少し雰囲気のいい店もあるが、広場の方はパラソルと白いテーブルが呑気で観光地らしく、今日見たものとの気持ちのバランスが取れそうだと思った。

ポーランドは親日国と聞いていたが、いつだって例外はある。私を見て「どこから湧いてきたのか」とでも言いたげな眼差しで立ちはだかる金髪碧眼の美人ウェイトレスに、ビールとハンバーガーをオーダーした。ポーランドでハンバーガー?と思われるかもしれないが、既に書いたように芋も肉も、パンは言うまでもなく美味しい土地なので、訳のわからないものは出てこないだろうと思った次第だ。

待っている間、その美人の無愛想さが可笑しくて、同時に初めてパリに行ったときみたいだな、と思った。だいたい10年前くらいだろうか。その間にパリにおける日本と日本人への扱いはずいぶん優しいものになったと思う。今では「manga」の単語をあちこちで見たり、通りで「bento」と書かれた看板もよく見る。なによりこの時は、老舗百貨店ボンマルシェではsacaiやgreenの服、工芸品など日本のプロダクトを集めた展示会が行われていたくらいだ。

そう、昔パリでもろくに返事をしないウェイトレスに遭遇したものだーーフランス語で呼びかけるにもかかわらず。その一方で愛想のいいウェイトレスもいて、困ったことはなかったけれど、その頃に比べれば今ぞんざいな扱いを受けることはまずない。あるいはわたしが変わったのだろうか?

とかなんとか考えているうちに、先程のぞんざいな美女がビールとハンバーガーを運んできてくれた。

案の定、ハンバーガーも付け合せのポテトもピクルスもとても美味しかった。しかも、パリで食べる値段の3分の2以下でお腹いっぱいになる。ビールは1瓶3ズウォティ程度、円換算するとたった100円である(さすがにレストランでは観光地価格だが)

ほとんどたいらげた後ビールをお代わりし、着飾った馬のぱかぽこという足音や、楽団が客の前で楽しげな音楽を奏でるのを眺めて満足していた。

しかし、向こうの空が「あれ、ちょっと暗いな」と思うと、あれよという間に黒い雲が空を覆い、雨が降ってきた。

初めは楽団も負けじと演奏を続けていたが、次第に雨が激しくなり、まず前列の客が逃げ出す。前列は広場に面して見晴らしが良い分、雨がもろに当たるのだ。私はもう少し粘ってみるが、すさまじい雨量にパラソルがたわみ、端がおのおの蛇口のように勢いよく水を放出している。

いよいよ雨は轟音を立て、尋常ならざるピークを迎えた。これには楽団も私たちも参り果て、パラソルが密集している後ろ側の席に避難し、皆で雨に打たれるグラスや皿を眺めた。すでに残り少なかったが、わたしのポテトも水浸しになってしまった。

季節は初秋。雨に打たれて寒いし、さすがに寂しくなって、たまたま隣に突っ立っていたぞんざいな美女に話しかけた。

「ここではこんな天気が普通なの?」

すると彼女の顔全体にちょっとした緩みが見えた――見間違いかもしれないし、そうだとしてもほんの一瞬だが。青い眼もわずかにゆらいだ気がしたが、やはり気のせいだったのだろうか。答えは「いいえ」というごく短いものだった。とはいえ、その顔には「こんなきちがいじみた天気は初めて」というような当惑も見て取れた。

はじめから分かっていたことだが、どうも私はこの人が好きらしかった。

完全に日が暮れてホステルに戻ると、改めて部屋の中を見回した。アール・デコがテーマで、内装もセンスがいい。スタッフの対応も気持ち良く、朝食はびっくりするくらい美味しい。

名残惜しいな…と思いつつ、翌日のフライトを確かめて早めに寝ることにした。

 

 

 

 

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辺りは暗い。あるいは、自分の視界がひどく狭いのかもしれない。見えるものはみな赤黒い。人は見えないが気配はする。

わたしは穴の中にいた。両腕を外に出して、穴の底に落ちないようかろうじて体を支えていた。

このままなんとか穴の外に出たいのだけど、腰から下が動かない。

なにかとても重いものに引っ張られている。

外に出ようともがけばもがくほど、腰にへばりついているものは私を穴の底へ底へ引きずり降ろそうとする。

視界は変わらず狭く赤黒く、穴の外に出たところで安心だとは到底思えなかった。それでもどうしてもこの穴からは出たかった。なんとかして出なければならないと思った。

むなしくも土に爪を立て、背中と肩、肘を使ってどうにか体を持ち上げようとする。それでも少しも進まない。

突然、腰のおもりがまとわりつく人の重さとはっきり分かったとき、

何かを叫んで目が覚めた。

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時計を見ると、まだ夜中だった。大きな声だったのではないか、周りに響かなかったか心配になったが、とくにそういう気配もない。

なにを叫んだか、といえば、たしか「お母さん!」とか、そんな感じのことだったと思う。でも日本語で叫んだ記憶もない。あるいは言葉にもならないなにかを叫んだのかもしれない。

とにかく、もう一度眠ることにした。また悪夢だとしても一つ見るごとに朝は近づく。それはとても幸運だということが、わかりつつある。

 

幸いその後はうなされることなく、昨日と同じ清々しい朝に目覚めることができた。

朝食はまた飛び上がるほど美味しく、チェックアウトに至るまで変わらず感じのよいホステルだった。

空港は来たとき通り少しうら寂しかったが、飛行機でイチャつくカップルとは隣り合わせなかった。

こうしてパリに戻った。

 

 

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