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cinematheque 30/- blog

いつも心にデカダンを。

【夢日記】2016年10月20日

国内の緑豊かな行楽地に来ている。本当はチュニジアに行くはずだったのだが・・・

早速焼肉レストランを見つけたので一人焼肉だ!と入ってみると、思いのほか肉の量が多くちょっとためらう。一度保留にして、荷物を預けるだけにした。

奥に進むと、ぶら下がった小舟に子供が乗って遊んでいる。そのうちの一人が変わった形の櫂を川に落としてしまい、泣いていた。

川に入って取ってやれるか、川岸の平らな岩のうえで思いあぐねた。しかし他の人がさっと入って櫂を取り、子供に渡してやった。私も思い切って川に入ると、その辺りはごく浅い。ふくらはぎが浸かる程度で、気づくと子供たちも遊んでいる。川の水は非常に澄んで美しく、赤い魚(鯉だろうか?)や熱帯にいるような鮮やかな青の魚が泳ぎ回り、一方で明らかに人工と思われる有機物も川底に見えた。

緑と水が気持ちよく、川沿いに海の方へ向かって歩いていたところ、突如として津波のしるしがあらわれた。水平線に積乱雲のような塊が四角柱の形をして盛り上がっては消え、盛り上がってはまた消えるのである。

こうしてはいられないので一目散に駆け出すと、行きには無かった道を通っている。住宅と思われる建物が折り重なった細い路地(せいぜい幅80cm)を、体をかがめながら逃げているのだ。途中黒い犬が2匹路地を邪魔しており、1匹は飛び越えたものの、2匹目のとき、後ろをついてきた女の子が「犬が怖くて通れない」と泣く。犬をあやして抱き上げて、女の子が通れるようにした。女の子は赤いボーダーの長袖の服をきており、可愛かった。

道を進みながら、「これだけ逃げて最後は行き止まりだったら報われないな」と考えている。それでも道は一つしかないので、とにかく進む。

結果として津波の被害は免れたので、サービスセンターで元彼(ここではまだつきあっている設定)と親友と落ち合った。親友が持ってきた紙箱を不注意で壊してしまったが、無事直せた。荷物を焼肉レストランに預けたことを元彼に伝えると、「もうそれは取り戻せないかもね」と言う。おかしなことに、津波が来たときレストランは敷地の入り口付近ではなくもっと奥、海側に移動していたのだ。

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親友と別れ元彼と家に戻ると、廊下の左手から声が聞こえる。ガラスの引き戸をひくと祖母と思われる老婆(実際の祖母ではない)が寝ており、しきりに私に「あとでね」「あとでね」と繰り返す。

彼女に「明日たくさんお話しようね」と言って額を撫でて、引き戸をそっと閉めた。右側の部屋にいるはずの両親は起きていないようだ。暗い廊下を元彼と二人で進む。

【日記】2016年10月19日

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なーんかダメな日。くるしい日。というものが、10月に入ってから続いている。薄曇りの日は引きこもって本を読んでいたいと、子どものように愚図っている。ちゃんと仕事してるけど。

大人気ないと自覚があるのに、医師は「(今は)本を読む時期だもの。」とにべもなく、パートナーにいたっては「寒くなったからいいんだよ。」と甘やかす始末。しょうがない(?)し実際気持ちがダメだしで、もっぱら休日は本にかぶりついている。薄曇りの光でページが照らされるとちょっと眠い。

再読したもの:

・『テレーズ・デスケルウ』フランソワ・モーリヤック(集英社  世界文学全集26)

・『ジェーン・エア』シャーロット・ブロンテ(新潮文庫)

日本での『テレーズ』は「遠藤周作が愛した小説」という触れ込みで有名かもしれない。ということは宗教的な観点が重要なわけだが、自分はただもうテレーズという聡明で哀れな女が好きで好きで、事ある毎に読み返す。こんな風に書くと変態みたいだけど、罪を犯した自分への問いと苦悩のなかで彼女はいつも、とてつもなく魅力的なのだーーときに描写のうえで「醜い」とさえ言われても。

また、この苦しい小説には続編がある。『医院でのテレーズ』、『ホテルでのテレーズ』、『夜の終り』。

学生のときに読んだ文学全集のモーリヤック編ではこれらの作品も読めたけど、いま手元にある本は表題作のみ収録(文学全集なので、残りのページはジッドの『狭き門』に費やされている)。続きはいまどの版で読めるのか調査中、私が好きなのはまさに『テレーズ』以降の彼女なのだ。

『ジェーン・エア』にはずっと支えられている。まずジョーン・フォンテイン主演の映画を6歳ぐらいで観て、健気で強く聡明なヒロインに憧れた(マーヴィン・ルロイの『若草物語』も同時期に観たので、マーガレット・オブライエンにも夢中になった)。ジェーンが劇中で風変わりと言われているところもよかった。知らず知らず、周囲の環境にになじめない自分に重ねていたのだと思う。

私が持っている新潮文庫版の表紙はその映画のワンシーンを絵画調にアレンジしており、袖には映画のいくつかのシーンが載っている(そうだ、子役時代のエリザベス・テイラーを忘れてはいけない!)読むたびに映画を観たくなるし、映画をみたらやはり原作をまた読みたくなる。マイ菊正宗的作品である。

 

あらら、もうちょっとふくらまして読書記事にすればよかったかな。でもまとまりはないし、とりあえず日記で。  

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)

テレーズ・デスケルウ (講談社文芸文庫)

 

   とりあえず一番最近のものを貼っておきます。最近オドレイ・トトゥ主演で映画化されたようですが、過去にフィリップ・ノワレ出演でモノクロ映画があった気がするんですよね…。情報求む。 

ジェーン・エア〈上巻〉 (1953年) (新潮文庫)

ジェーン・エア〈上巻〉 (1953年) (新潮文庫)

 

  この表紙の版を持っています。いまはこれじゃないし、最新の映画ではミア・ワシコウスカがジェーンを演じてる。

ジェーン・エア [DVD]

ジェーン・エア [DVD]

 

 ジョーン・フォンテインの美しいことよ!ちょっと戸惑っているときの顔がなんとも堪らないのです。

On the Painted Desert / BOOM BOOM SATELLITES

彼らの作品の中で最も好きな曲。1stアルバム『OUT LOUD』に収録。

万華鏡のような音の変化と拡がりで、意識の旅に出られる。良質のヘッドホンでボリューム最大を推奨。


Boom Boom Satellites - On The Painted Desert

その後、feat.Diceでボーカルバージョンもリリースされた。


Boom Boom Satellites - On the Painted Desert (Vocal Mix Feat. Dice)

こちらも好き。しかし僅差で歌無しバージョンが自分の中では勝っている。

たぶんボーカルバージョンではラストの川島さんのシャウト(『JOYRIDE』収録トラックのどれかなんだけど、忘れた)が省かれているからだろう。あの部分こそ最初期のBOOM BOOM SATELLITESのコアを象徴していると思うのだ。

今日は一日、これを聴きながら彼のことを考えると思う。夜はジビエ料理を食べに行くけど、その時もきっと考えてる。

 

kojimat.hatenablog.com

 

【夢日記】夢日記はじめます

はからずも追悼記事が続いてしまった秋の始めでした。

自分好みのテーマパークのような夢をしばしば見るため、夜眠るのが楽しみという変な習慣があるのですが、最近気に入った夢を覚えていられなくなったため記録をつけようと思います。

若い頃に見た夢ーーどこかの国の特殊部隊にいて、任務中に敵に手の甲を撃ち抜かれたり、何度も生まれ変わって宇宙からの侵略者と戦ったり、そういうものはいまでも映画のように思い出すことができます(あの頃、私はいったい何と戦っていたんでしょうか)。しかしながら最近は年のせいか、どんな鮮烈な内容でも、目が覚めた直後以降は無残なまでに忘れ去ってしまいますーーそのときに感じた気持ちだけを残して。これはけっこうやるせないものです。

自分のために作られた映像を、いつでも本を読み返すように思い出したい。そういったわけで、見た夢の記録を始めようと思います。まったく自己満足以外になんの意味もない企画ですが、とにもかくにも、ここに書くまではなんとか忘れないようにしないとな。

2016.10.11

追悼 川島道行(BOOM BOOM SATELLITES)


BOOM BOOM SATELLITES 『PUSH EJECT-Full ver.-』

1stシングルのMVで、モデルの清水朱里が出演。みんなとがってギラギラしてて、いま見ても美しい映像。

同時期にイギリスのバンドgarbageの「push it」のリミックスも手がけた。pushつながり?


BOOM BOOM SATELLITES 『PILL-Full ver.-』

中盤になるとドラムンベース色は薄くなりよりロックに傾いて行く。

川島さんのボーカルも加工が控えめになり、より生の音に近くなった。

この曲が採用されたメナードのCMが、また格好いいのなんの。


BOOM BOOM SATELLITES 『WHAT GOES ROUND COMES AROUND-Full ver.-』

音がよりシンプルに、自由になった10年目。挑発的な英詞は変わらず。

どの時代もBBSが大好きだった!ついでを言うと、いつだかSTUDIO COASTで見た彼があまりにもイケメンで惚れそうだった(笑)

R.I.P.、でもきっと今度は魂でもっと自由に奏でるのね、中島さんがコメントしていた通り。きっとね。

 

kojimat.hatenablog.com

 

【映画】追悼 アンジェイ・ワイダ

どうぞ安らかに。

cinefil.tokyo

『灰とダイアモンド』('58)、『地下水道』('57)、『悪霊』('88)、『コルチャック先生』('90)、『カティンの森』('07)・・・、どれも自分に強烈な印象を与えた、大事な大事な作品だ。

抵抗三部作(『地下水道』、『灰~』、『世代』('55))のひりつく緊張感、多彩な登場人物による巧みな進行で、作品は社会派ドラマである以上に優れたエンターテイメントだった。この三作に心打たれた人は本当に多いと思う。そしてあふれる反抗精神とは裏腹に、どの瞬間にも掛け値なしの無垢が宿っていることが、アンジェイ・ワイダの作品を今日まで映画芸術たらしめたと信じている。

親日家で、坂東玉三郎の舞台を演出したこともあったし、日本の旅行番組に夫婦で出演したこともある。なにより、東日本大震災のときには日本に励ましの手紙を送ってくれた。浮世絵の影響で芸術を志した彼は、晩年ポーランドの都市クラクフに「日本美術・技術センター」を創設したほどだ。彼の映画を観たことがない人も、彼の日本に向けた強く暖かいまなざしをこの機会に知ることがあればと思う。

活動初期から一貫して戦後ポーランドを撮り続けたワイダ。ソ連主導の共産党政府に対し、常に市民の側から批判し、組織にあらがう個人の脆さを悼んだ。やりきれない祖国の不遇を目の前にしても、生きることも撮ることも諦めなかった――たとえ一度はポーランドを追われても。

『鉄の男』('81)により政府から反体制と見なされ、ポーランド映画界を追われたあとはフランス・ゴーモン社の助けを得て『ダントン』('83)、『ドイツの恋』('83)、そして『悪霊』('88・ドストエフスキー原作)を撮った。(ちなみに、このタイミングで著名な脚本家アニエスカ・ホランドもポーランドを離れている)そして再びポーランドに戻り、封印された記憶を解き放つ――カティンの森事件を撮り、民主化の雄レフ・ヴァウェンサを撮った。

ワイダはどこにいるときでも、社会と市民と歴史に寄り添いながら映画を作った。

社会を描くときの硬質さ、ドストエフスキー作品などに垣間見える幻想的な風景、いずれにも共通するのは強靭な、鍛え上げられた「純粋さ」だと思う。何者にも侵されないまなざしが、彼の作品全てを貫き通したのだ。

激動のポーランド戦後史の重要な証言者であり、不屈の映画人だった。

もう一度言いたい。どうぞ安らかに。

 

【日記】2016年10月11日

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北京旅行の写真をギャラリーで更新しました。微々たるものですが・・・

http://www.sanmarutan.com/beijing-2016

やっぱりもっと撮りたかったし、頭の中で企画もあれこれ沸いてくる。

北京は不思議な街です。早くもう一度行きたいな。

病み上がりもあって、3連休は一緒に住んでるパートナー以外とは誰とも会わずに過ごした。雨の音とか、曇りの光(薄曇りだと空が黄色く明るく、それがとても好き)を仰向けになって眺めながら、退屈なときは掃除と料理をしたりした。最近目を閉じるとなぜか昔の事をよく思い出すので、横たわって瞼に何かが映るのをじっと待ったりする。なにか撮影のヒントになればと思ってやってるんだけど、傍目には寝てるのと変わらない。

「戦争をめぐる映画/旅」も再開します。アウシュヴィッツのことを書き終わってちょっと気が抜けてしまってました…。舞台?はパリに戻り、『SHOAH』についてのことが書かれます。