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いつも心にデカダンを。

【日記】2017年7月16日

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(Kasai,Tokyo,2017)

(いわゆる「霊」関係のお話が苦手な方はそっと閉じて下さい。)

尋常でない熱さ(あえてこう書く)に、いかばかりか納涼のこころみを。

カメラを持ち始めたのはわりと早い歳だったが、今日に至っても技術が向上していないのはひたすら忍耐力のなさ、ムラっ気によるものだ。また学生まではフィルムカメラを使っていたので、写真部に所属していた高校時代を除けば適当な現像場所がなく、経済的な事情から量を撮ることができなかったという点もある。それでも本当に好きならなんとかしただろうと思うから、ともかく言い訳はここまで。

写真を撮り始めた当初はまだ子供で、好きな場所に撮りたいものを撮りに行くことはできなかった。となれば格好のロケ場所は家族旅行である。母親の好みもあって、よく国内の寺社仏閣、史跡をめぐりながら意気揚々とシャッターを切った。今とはまったく違う志向である。しかし、これには一つ問題があった。

どうしても写ってしまうのである。過去に生きていらしていたであろう方々が。

特に、ある古都で撮ったものが圧巻だった。一枚の写真の中に、大和時代より前(古墳時代?)の戦士、平安時代のお姫様、武士、目を閉じたお地蔵様の姿…。誰が見てもくっきりと写り込んでいる。それにしてもこのバラエティの豊かさよ。歴史を持つその土地ならではで、今思い出してもさすが、という他にない。

プリントされた写真を見て呆然としている私に、「あんたも似ちゃったのねぇ」と母親が嘆息した。誰にか?祖母、彼女の母親にである。

1年前にガンを患い旅立った祖母の遺品は、家を処分した後も様々なものが手つかずのまま自宅の一室に積み上げられていた。傾倒していた神秘思想の本(スエデンボリとか)もそうだし、晩年ポラロイドで撮った膨大な数の写真はアルバムに収められることもなく、生前そうであったようにただ雑然と箱に入っていた。

母親はやおらそのうちの1枚を取り出し、私に見せる。そこにあったのは祖父の墓と、墓地の木々である。墓石には特に変化はないが、奥にある緑濃い夏の葉は無数の人の顔の集合であった。ご丁寧なことには犬の顔もある。もう一枚は私が生まれた家の庭で、大きな石が画面中央に据えられており、それが人の顔をしていた。

「あたしが小学生の頃学校でシマシマのお化け見たこととかは何回も話したでしょ火の玉とか。おばあちゃんもよく視る人だったんだけど、それでいてこんな写真ばっかり撮ってねえ。似ちゃったわね。でもあんたはじかには視ないのよね?不思議だわ」

そんなもん視えたら写真なんか撮るか。と言いたかったが、単身赴任により実質不在の父親、亡くなった後もどこかしら実母に依存している母、そして独特の魅力を持つ母を半ば崇拝していた私にとって、我が家はどことなく母系社会の様相を呈していた。したがってーーこれは全くの余談だが、どんなものであれ祖母と母が持ちえた資質について自分にその兆しがないことは、子供心に奇妙な疎外感と劣等感を植え付けた。

その後いつかの古都ほどバラエティに富んだ作品は生まれなかったが、史跡に限らずあちこちをとらえた紙片にはしばしばユニークな顔が現れた。そんなことが続いたが、ある事から大学2年の夏以降はほとんど見られなくなった。時を同じくして、母親の方にも変化があった。

「もう全然見ないの。入院して、薬飲んでからよ。でも一度だけ庭の梅の木におばあさんの顔が視えたわ」

鍵のかかる病棟に入り治療を受けてからというもの、彼女もまたそういった気配を感じなくなっていった。

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時は過ぎ再び写真を始めたが、昔見たようなそこにあるべきでないものの姿は私にはみられない。しかし、パートナーが横から私のカメラを覗き込むと時々首をかしげる。問いただすと、「ここにいるよ?きょとんてしてる」。

※掲載した写真が何か変な場合はどうぞ遠慮なくご指摘下さい。