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いつも心にデカダンを。

【書籍】大宅壮一文庫の財政難(あるいは大宅歩の残照)

ジャーナリスト・大宅壮一(1900~1970)の私設図書館が財政難にあり、クラウドファウンディングを始めたようだ。

digital.asahi.com

大宅壮一と大宅壮一文庫についてはこちらも参照されたい。

大宅壮一 - Wikipedia

公益財団法人大宅壮一文庫

文庫のある世田谷区八幡山は、上京して初めて住んだ町だ。「東京」はおろか自宅と駅のルートすらおぼつかない頃、昼夜を問わず辺りを徘徊しこの場所も見つけた。もとは住居なのでパッと見の規模は大きくないが、一歩中に入れば知の宝庫である。日本で初めての「雑誌の図書館」は、その内容の貴重さは勿論、雑誌自体が知の伝達や形態を示す点において常に歴史の場であるーーそれはデジタルがいくら普及しようとも変わらない。なぜなら雑誌に使われた紙、版の大きさ、綴じ方、そういったフィジカルなものが全て知の歴史学に貢献するからだ。その部分も含め、記事にも書かれた通り「ネットにない情報が存在しないものとして扱われる」事態はあってはならないと思う。もちろんこれは雑誌だけでなく、すべての書籍を取り扱う場所に言えることだろう。

紙なのか、デジタルなのか。どちらかを迫ることはとてもナンセンスだ。技術が発達した現在こそ、紙の書籍にも豊かな選択肢ができたと思いたい。商業的に見れば紙の書籍、とりわけ雑誌は非常に難しい時期にあることも分かっている。だからこそ、過去に生まれたそれらを「守る」ことに意識を向けないといけない。

現在ファウンディングは絶好調で、すでに目標額を達成している。しかし募集に制限はないようなので、価値ある建築や絵画の維持に手を差し伸べるように、今後も充実した運営が続けられるよう支援を一考してみてほしい。あるいは同様に「本」や「知」を守る未達プロジェクトを探し、支援するのもいいかもしれない。

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さて、大宅家においては壮一の他に彼の三女である大宅映子が広く知られていると思うが、私が最も親しみを持つのは長男・歩であり、彼の遺した散文である。 

ある永遠の序奏  青春の反逆と死 (角川文庫)

ある永遠の序奏 青春の反逆と死 (角川文庫)

 

・僕は偽悪者だという、この偽善的な衒い。(II 箴言より)

数学の冷たさに心を奪われること。(同上)

真実は必ずしも人間を前進させない。却って後退させることすらあるのだ。(同上)

もう少し若いとき、何度も彼の言葉を心で繰り返したものだ。少し気障かもしれないけれど、純粋な言葉を愛した純粋な魂の人だったと思う。巻末には父壮一の回想録があり、そこに収められた歩から妻・娘へ宛てた手紙は簡潔で率直で、いまもなお胸を打つ。

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周辺の話を少し。文庫の道を松沢病院沿いにぐるりと歩き、さらに住宅街を抜けるとおとなりの京王線上北沢駅前にたどり着く。ここにもしばらくの間住んでいて、毎年桜の季節が楽しみだった。

上北沢桜並木会議さんのアルバムから。画像使用の可否を問合せたところ、快諾を頂いた)

f:id:kojimat:20170530134512j:plain

この道を右に折れると昔住んでいたアパートがある…いや、もうないかもしれない。10年前で築40年の年季ものだったから。

毎年この満開の桜の下に屋台が並んで、多くの人々が集まる。また、この通りにはなかなかクオリティの高い洋菓子店パティスリー・ミヤハラもある。もちろんこの季節には桜を眺めながらティータイムが楽しめる。

http://www.kamikita-times.info/桜並木のケーキ屋さん-パティスリー-ミヤハラ上/

冒頭からかなり脱線してしまったが、桜の季節に大宅文庫を訪ね、賑やかな並木通りを歩き、うららかな春の日を楽しむのも一興だろう。こじつけかもしれないが、知は特別な人々ののためのものではなく、日々を生きるすべての人があらかじめ持ち、分かち合っているものであり、書籍はその結節点だということが身体を通して感じられる…かもしれない。

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おまけ:紙の書籍に対する狂おしい愛を軽妙な語り口で紡ぐ対談集。これが出版された当時からも状況は目覚ましく変わり、エーコは遠くへ行ってしまった。しかし私たちにはまだ出来ることが沢山ある。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

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  • 作者: ウンベルト・エーコ,ジャン=クロード・カリエール,工藤妙子
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追記:2017/5/31 改題