The Cinematic Orchestra 『Ma Fleur』(2007)
Ma Fleur [帯解説 / ボーナストラック3曲収録 / 国内盤] (BRC508)
- アーティスト: THE CINEMATIC ORCHESTRA,ザ・シネマティック・オーケストラ
- 出版社/メーカー: BEAT RECORDS / NINJA TUNE
- 発売日: 2016/02/19
- メディア: CD
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ザ・シネマティック・オーケストラ。誰かと知り合って「この人音楽好きそう」と思ったらすかさずこの名前を出したり、直接CDを押し付けて勧めたりしているが、いまだ彼らが属するジャンルを適切には説明できない。改めて調べると、diskunionでは「CLUB•DANCE 〉ELECTRONICA / LEFTFIELD」に分類され、techniqueははっきりと「ジャズ・バンド」と書いているから、一般にもややこしい案件なのかもしれない。そうかと言って「ジャズベースのエレクトロニカ」という安易なまとめは勿論当てはまらないし、事実この『Ma fleur』では楽曲の殆どが生楽器で構成されているし、彼らの音楽的核(コア)は間違いなくジャズなのだが、そうだとしても「オススメのジャズ盤」でこれを挙げることはないと思うーー長くなったが要するに、「''ジャンルを問わず''とにかく聴いてほしい音」としてこの作品を提示したいのだ。
バイオグラフィ:結成と『Man with a movie camera』/『everyday』から『Ma fleur』へ
The Cinematic Orchestraは1999年にジェイソン・スウィンスコーによってイギリスで結成され、その名の通り多くの映画や映像作品に深くコミットしてきた。最初の転機は1stアルバム『motion』('99)リリースの後、かのジガ・ヴェルトフによる伝説的サイレント『The man with the movie camera(邦題:これがロシヤだ)』に新たな音楽をつける試みに招かれたことだろう。作品は高い評価を受けミニアルバム『Man with a movie camera』として世に出たのち、次作『everyday』('02)でもリテイクされ、ファンにとってもお馴染みの曲となった。
2ndアルバム『everyday』ではファンクやソウルのムードを携えつつ当時隆盛のドラムンベースを消化しながら、確固とした彼らのグルーヴを表出する。気怠いテンポ、エモーショナルなヴォーカル、痛ましささえある絃・管楽器の奔流という点では、同じイギリスのユニット・massive attackの初期作品ーー『Blue Lines』('91)『Protection』('94)に非常に近い。ジャズをルーツに持ち、音楽そのものを貪欲に開拓する両者が接近するのはある種の必然である。ただ、そこで彼らを彼らたらしめたのは、これまでの作品にも一貫して在り続けた彼ら特有の「叙情性」に他ならないだろう*1。その叙情性と幾つかのモチーフは、この『Ma fleur』('07)に引き継がれ、完全に昇華される。
1つの到達点ーー『Ma Fleur』
いまや彼らの代表曲とされ、傑作と名高い*2『To Build A Home』に始まり、『Ma fleur』はアルバムを通して一つの壮大な物語を体験するような作品である。それというのも本作が「愛と喪失」をコンセプトにした「架空の映画のサウンドトラック」だから、と聞けば多くの人が納得するだろう。まずスウィンスコーがデモを作り知人のスクリプターに渡すと、そこからイメージされる物語がスウィンスコーに届く。そしてその物語をもとに楽曲を(アルバムでの順番を含め)再度編集する、というのが製作の大まかな流れだったという。もともと「物語性のある」と評される彼らの音楽性に加え、この作業がアルバムに強固なナラティブの構造を与えたことは言うまでもない。
そして、マヤ・ハヤックのアートワークも忘れてはならない。この作品のために彼女が撮影した数々の美しい写真*3もまたストーリーを持ち、収録された楽曲の1つ1つと結びついている。特にジャケットに使われた1枚は私たちに強い印象をもたらし、アルバムを聴く前にも既にその音楽を雄弁に語り、聴いた後ではそれを補強して余りある強烈な残像となった。
前述の『everyday』で見せたエモーショナルな側面/叙情性は、これら「架空の物語」という土台を得て最大限に開花する。11の楽曲*4=シークェンスで構成された「音の映画」は、あらゆる物語の断片と集合ーー人生/旅/日常/愛することなどを次々と見せ、聴く人の感情をかき立て、その翼の上で解放させる。このとき『everyday』に続くフォンテラ・バスはもちろん、パトリック・ワトソンやルー・ロードのヴォーカルが最高の導き手である事は言うまでもない。そして、この感情の解放ののちに訪れる本作最大のギフトが「感触」である。
手ざわりというか、ぬくもりというか、「種」を渡された感覚とでも言えばいいのか。壮大な物語の終わりには、間違いなく自分の足で歩き、頰に風を受け、手に取り、歯で砕き、体全体で感じたような「経験」が残る。これがこの『Ma Fleur』を広く人に勧めたい一番の理由なのだ。
『Ma Fleur』以後、これから
『Ma fleur』のリリース後スウィンスコーは作曲家としての評価をさらに高め、ロイヤル・アルバート・ホールでのライブ、ディズニー製作のドキュメンタリー映画での音楽を担当するなど、さらにその世界を広げた。またベース担当のフィル・フランシスによるソロアルバムのリリースなど、他メンバーの活躍も目覚ましい。2016年末には突如シングル『To Believe』を発表し、2017年にニュー・アルバムをリリースすることを発表した。しかしその続報は未だ無い。
そのお詫びというかファンサービスなのか、『Ma Fleur』リリースから11年経つ今年、本作のLP初回限定盤が再発となった。当時逃した幻(?)の名盤を手に入れた私は感無量となり、この記事を書くに至ったーーちょっと強引だが、またしても彼らとこのアルバムから「経験」を手にしてしまったのだ。
あとはニュー・アルバムのリリースを待つばかりである。そのあかつきにはぜひ再来日*5して、新たな手ざわりをもたらしてほしい。
参考記事:
The Cinematic Orchestra インタビュー
REDBULL MUSIC ACADEMYによるもので、スウィンスコーのルーツから使用機材などの話まで短いながら核心に迫る部分がある良インタビュー。
The Cinematic Orchestra | Art Yard informer
音楽・アートのフリーマガジンArt Yardによるロングインタビュー。2012年にリリースされた『In motion#1』を中心に、『Ma Fleur』の製作過程も説明。
+++ザ・シネマティック・オーケストラ・インタビュー 取材・文:大場正明+++
スウィンスコーとジャズを始めとした音楽全般との接点だけでなく、彼自身の音楽観が明らかになるファン必読のインタビュー。